ふるさと通信「被災地はいま」(4)
「相馬野馬追」で知られる城下町の相馬市に、1863(文久3)年創業の醸造元、山形屋商店があります。柔らかな笑顔でお客の応対をしているのが5代目店主の渡辺和夫さん(48)。得意客は約500軒あり、自宅で「手前味噌」を造る相談に乗ったり、オーダーメイドの醸造を引き受けたり。「1、2年かけて家族で毎日食べ、遠くの身内にも贈り、また仕込む。そんな昔ながらの暮らしをお手伝いさせてもらってきた」と言います。看板は「ヤマブン本醸造特選醤油」。品質日本一を選ぶ「全国醤油品評会」で最高の「農林水産大臣賞」を2013、14、16、17年に受賞した逸品です。筆者の郷里でもある相馬は、砂地の浜で捕れるカレイの煮付け、ヒラメの刺身、ほっき貝の天ぷらが名物。これら地元の魚介料理のうまみを引き出すよう、ヤマブンの醤油は造られてきたそうです。
渡辺さんは元銀行員で、01年に山形屋商店3代目の正雄さん(故人)に見込まれて婿入り。「店主自ら造るべし」との家訓の通り、ゼロからの修行をしました。最大の試練は東日本大震災。2011年3月11日の地震で出荷前の瓶詰め醤油1500本が全て割れ、タンクの醤油も半分こぼれ、ペットボトルだけが無傷でした。しかし、翌日から店を開け、住民にコメや商品を分け、避難所へも支援物資を提供。生産も1カ月で再開しました。
「しばらくは福島応援の機運が全国で盛り上がり、遠来の注文も寄せられた」が、福島第1原発事故、汚染水流出が消費者の不安を高め、県産醤油も全体で4割も売り上げを減らしました。渡辺さんら醸造元有志18社が勉強会を始めたのは11年秋。「安全を伝えるだけで足りず、風評を懸念する人の心を動かす、確かな品質を証明しなくては。全国醤油品評会で日本一になるという目標ができた」。上位入賞した全国の醤油の味を吟味し、既に「日本一」の評価を得た福島の日本酒造りを指導した県ハイテクプラザの研究員からも知恵をもらい、「互いの門外不出の技が壁になっていた同業者が『チーム福島』になれた」。
渡辺さんは13年4月、伝統の製法に新しい工夫を加え、全国醤油品評会へ向けて仕込みをしました。前年に83歳で他界した正雄さんも40年前の第1回に出品し、優秀賞に選ばれていました。「自分もやれるだけのことをやり、最高のものを出そう」という初心の挑戦。ヤマブン本醸造特選醤油は県予選を通って7月、東京での第41回の品評会へ。全国の180商品との激戦でしたが、3次にわたる「色」「香り」「味」の審査で、ヤマブンは最高賞の1つに選ばれました。「小さな醤油屋が力を合わせた『チーム福島』の成果。全国のどこにも負けない品質が証明された」。
福島の醤油にとって初の快挙は地元に届き、「やっぱり、おいしかった訳だ」というお客の声がとともに、震災以来途絶えていた市内の旅館などとの取引も復活。全国から注文が寄せられました。「福島のものは買わない、使わないという風評の壁に、一つ風穴を開けられた」と渡辺さん。ヤマブンが4度目の日本一に輝いた昨年は、福島県の醸造元から東北最多の入賞商品が出ました。しかし、県産醤油全体の売り上げはいまだに4割減のまま。醸造元たち挑戦は今年も続いています。