MEASSAGE 12年目の311に思いを馳せて
12年目の311に思いを馳せて
みんなの手 西山祐子
みんなの手の活動
2022年1月末、京都府のまん延防止等重点措置が適用により、みんなの手のイベントの予定は変更を余儀なくされました。喜多方で開催予定の「リトリートプログラム」は3月に延期、福井での雪遊びツアーは中止。実施するまでに何度も打ち合わせをして下見にも行き準備していたイベントだけにとても残念でなりませんでした。初めて参加される方も多くお問い合わせをいただいたにも関わらず断ることしかできなくて悔しい思いをしました。
毎月京都や福島県でお会いしていた避難者の方々と会えなくなることやイベントを中止するしか為すすべがない状況に陥り、焦りを感じることも。そんな中で、電話、メール、LINE、ズームなどで皆さんに繋がれることや、このニュースレターでみんなの手から発信することができることに改めて気がつき、自分たちができることを可能な限り行っていこうと気持ちを切り替えました。
長引くコロナ禍の生活
コロナ禍中で、学校もオンラインになったり、学校行事も中止になったり、コミュニティーの催し物が中止になったり、仕事も思い通りにできなかったり、皆さんも同じような思いを味わっていませんか。当たり前の生活ができなかったり、予期しないことが起こったりし、日常生活のリズムが狂うと戸惑いや苛立ちを感じてしまいますよね。
2019年の冬に起こった新型コロナウイルスパンデミック。この2年間、フィクション小説のようにこれまで私たちの体験していなかった非日常的な事象が継続して起こっています。時に、不安や恐れや苛立ちを感じながらこの得体の知れないパンデミックと私たちは立ち向かっています。私たちの生活はパンデミック前にはなかなか戻れることはなく、ここ2年間、私たちの生活はまるで緊急事態のようです。
震災を通して学んだこと
思い返せば、2011年3月11日東日本大震災が起こり、私たちは地震、津波、原発事故の複合災害に遭い、あの時も、当たり前の生活から放り出されたようでした。当初、津波の被害の大きさに心を痛め、原発事故による放射線物資拡散に怯えながらどうしようか絶望した日々でした。
予想していなかったことが起こると私たちはとても不安に陥ります。特に得体の知れないことが起こると不安と恐れを感じ身動きが取れなくなることもあります。震災後、私たちはできるだけ情報収集をしその中から自分の納得できるデータと意見を取り入れ行動してきました。そして多くのことを学びました。
例えば情報はソースや発信者によって異なった見解があるということ。専門家とはいえ自身のバイアスがありフィルターがかかることもあること。時間が経つごとに状況が落ち着きわかってくることもあること。時として急激に解決に向かうことがあること。糸口が見出せない時は今できることに集中して時の流れに任せてみること等々。あれほどの混沌とした震災の中知らぬ間に多くの教訓や処世術を学んできました。当然、その学びは人それぞれ違っています。でも明らかに震災は私たちに様々なことを教えてくれました。
学んだことをコロナ禍に当てはめてみると
2020年の春、私たちは緊急事態宣言でどこにも出れずに不安な日々を送りました。しかし2年経った今、私たちはこのパンデミックと付き合いながら何とか生活していくことができています。もう少し時間が経てばもっといろんなことがわかるかもしれません。パンデミックを乗り越えより快適な生活をしているかもしれません。大切な事は流れに動じずに、自分で情報を選びながら必要以上に恐れないこと。そして、今にフォーカスし、できることを精一杯することなのではないかと思います。
12年目の311を迎えて
12年目の311が巡ってきます。あの時の大変だった思い出とともに、この11年間生き延びてきた自分の強さも感じます。震災を通じて実感した、命の大切さ、今生きていることへの感謝を胸に、これからも混沌とした時代の中で、生き抜いていきたいと思います。それが、生き延びてきた私たちの使命のようにも感じています。あの日感じた思いを忘れずに。合掌