ふるさと通信「被災地はいま」(3)
風評を乗りこえる作物を~
南相馬の農家が取り組む菜種油作り
「油菜(ゆな)ちゃん」。こんな名の食用油をご存じでしょうか。南相馬市の農家4人を中心に結成した社団法人「南相馬農地再生協議会」が2015年8月に売り出しました。
材料は菜種。福島第1原発事故が起きた2011年の秋、同市原町区太田地区の農家杉内清繁さん(67)が復興の可能性を求めて菜種の試験栽培を始め、現在の栽培面積は、新しい参加者を含め約75ヘクタール。「油菜ちゃん」の命名は、一緒に活動する相馬農業高の生徒たち。「長持ちする」と評判で、ドレッシングやマヨネーズも商品化されています。
菜種に着目した理由を杉内さんは語ります。「原発事故の後、将来が見えぬ農業をどう再生させるか。そんな模索をする中で、チェルノブイリ原発事故(ウクライナ)の被災地復興を支援する日本のNPOの報告に触れ、現地での菜種栽培の普及、その理由が『種から絞った油には土壌の放射性物質が移行しない』という実証結果を知った。これだと思った」
杉内さんはもともと化学の力に頼るコメ作りに疑問を抱き、有機栽培に取り組んだ篤農家。自ら菜種を試験栽培し、栃木県の有機農業研究所と共同で、搾油した菜種の残滓を100%取り除く安全な技術を開発しました。14年2月には地元の農家奥村健郞さん(61)らとチェルノブイリを訪ね、「菜種だけでなくジャ ガイモも地平線いっぱいまで作られている光景を見て農業復興はできると勇気づけられ、南相馬での実践にも確信を抱いた」。
杉内さん、奥村さんらは太田地区で稲作も再開していますが、市内の農家には「風評で売れない」との不 安や諦めがあり、昨年のコメ作付面積は原発事故前の約4割にとどまり、大半の用途が食用米でなく、牛や豚の飼料米(国の補助金が出されます)。「風評に打ち勝ち、若い人が地域の農業に帰ってこられる特産品に」との願いが菜種に託されています。
大きな成果は16年2月。バス用品や化粧品の世界的メーカー「LUSH」(英国)が、南相馬農地再生協議会の菜種油(当時は栃木県で搾油)をせっけんの原料として継続購入し、製造を始めたのです。「生産の取り組み、品質、哲学が消費者にとって確かな相手を探していた」と国内の担当者は語りました。「つながるオモイ」の商品名で販売されています。
そして、原発事故から丸7年の節目が 2月、杉内さんらは新たな念願をかなえました。自前の搾油所の完成です。市内の工業団地にある避難事業所用のプレハブ棟を借り、4月から「油菜ちゃん」などを本格製造します。菜種油の未来も広がっていきます。