2月23日雪まつりに参加するために“からむしの里”昭和村を訪れました。郡山駅に集合してバスで2時間。毎回天気に恵まれているみんなの手イベントですが、今回は、雲行きが怪しく、雨。磐越道を西に向かうと、次第に雨から雪に変わり、風も強くなり、前日の暖かさから一転して冬に逆戻り。そんな時に、参加者からは、「雪まつりだから、雪が降っているのが天気に恵まれているということ。雪が降ってきて嬉しい」との声もあり、雪まつりに雪の日=いい天気ということでツアーはスタートしました。帰還者の方も合流して、バスの中では、恒例の自己紹介タイム。顔見知りの方々も初めて出会う方も、話に花を咲かせながら、2時間バスの旅を楽しみました。
雪まつり会場に到着すると、強風のために雪まつりが中止になっていることを知り、予定を変更。まずは、からむし工芸博物館を見学することにしました。からむし織普及の活動をされて来た地域おこし協力隊の方がガイド役でからむし織の言葉の由来、歴史、工具などについて説明をしてくれました。からむしは、イラクサ科の多年草で、他にも生産地は数カ所ありますが、(主なところは、越後(越後上布・小千谷縮布))、昭和村は本州における唯一上布原料の産地となっているそうです。草の植付けから始まり、からむし焼き→垣結→収穫→浸水→からむし剥ぎ→からむしひき→乾燥→おうみ(糸をつなぐ作業)→撚りかけ(糸車による作業)→からむし織と、織るまでの工程が途轍もなく長く、全てに人の手にかかると知ると高価な理由がわかりました。
次に、織姫交流館に移動。からむしの着物、帯、カバン、帽子、スカーフなどの製品を見てから、からむし織を体験しました。職員さんに織り方を教えていただきコースター作りに挑戦。張ってある経糸に、緯糸を左から入れて2回足をふみ、右から入れてまた2回踏み、糸の張り方を均一にして折り込みます。最初はぎこちないものの慣れてくるとやめられなくなるほどおもしろく、次回は、もっと大きなものを作りたいといった声もありました。
織姫交流館では、織姫の方と交流された方もいました。昭和村では、からむし織を学びたい熱い想いのある方を織姫として募集して育てています。研修期間を経た後、昭和村に移住し、家族を持つ方も多いそうです。織姫さんは、からむし織の熟練者の高齢の方からその技を伝授されながら、日夜、スキルアップを目指し作品作りに取り組んでいるそうです。お話を伺った今年の織姫さんはからむし織の魅了に惹かれて、関東から来られたそうです。スーパーもコンビニもない昭和村の生活も慣れれば問題はなく、野菜は地元の方にもらえ、生活面でも支えてくれるので快適な生活を送っているそうでした。
織姫交流館を離れて、最後に立ち寄ったのは、昭和を体感できる廃校「喰丸小学校」でした。訪れると当に昭和を感じさせる雰囲気のある場所でした。だるまストーブ、オルガンが置かれたガランとした教室。教科書がそのまま机の上に置いてあり今にも生徒たちが入ってくるように思える教室。掲示されている学校の規則、地図、生徒たちの描いた絵は廃校前の学校そのままで、昔懐かしい日本の風景にタイムスリップしたかのようでした。
昭和村を離れ、郡山に向かう途中の通り道で、柳津名物のあわまんじゅうを皆でいただきました。蒸したばかりで温かさが残るふわふわの饅頭。懐かしく思う人。初めて食べる子供達。ふるさとの味の共有ができました。バスの中では、行きよりもより距離感の近くなった参加者が昭和村で体験したことを話しながら、あっという間にツアーが終わりました。
高齢化率が福島県内2位にも関わらず、村に引っ越してきた人が転出者より多い「転入超過」となっている数少ない市町村の1つである昭和村は、2019年に日本で「最も美しい村」に選ばれました。からむし織という国指定の伝統的工芸品の継承に力を入れていることやかすみ草の生産量(夏は全国一)が評価されたそうです。この村に来てわかったことは、住民が自分の住む村に誇りをもち、その生活に満足していること。そして、村にあるものを財産として大切に使っていることでした。それがこの村の魅力であると思いました。
郡山から車で2時間。遠い道のりの昭和村。次回は、かすみ草の咲く季節に、風通しの良いからむし織の帽子をかぶりながら、この美しい風景を見に訪れたいと思います。