自然暮らしコラム
2月13日深夜、福島・宮城に震度6強の地震がありました。ガタガタ、ガタガタと異様な音に続き、グオングオンと揺れ始めました。大きな揺れ幅です。止んではまた揺れ、揺れては止みと繰り返し、これはただ事ではないと思いました。電気が消え、「停電だ、困った」と思いましたが、数分後に電気がつき、その明るさにほっとしました。
おさまったようなので、階段を下り、台所にいってみました。10年前の地震の時の被害は、湧き水の井戸の配管がずれたほかは、家の中では食器が割れただけでした。食器戸棚を開けたとたんに食器が落ちて、割れたことを思い出しました。案の定、扉があき、食器が二つ落ちて割れていました。他の閉まっている扉は、下に支えのお盆を置き、ゆっくりと開けて、崩れ落ちて来る食器を受け止めたので、大丈夫でした。大事な食器は奥に置くようにしていたのもよかったです。夫はニュースを見ようとテレビをつけ、つかないとなりましたが、朝にならないと仕方がありません。幸い携帯でニュースは見れます。原発が気になります。横浜と韓国の娘たち、友人、親せきから「大丈夫?」とラインやショートメールSMで連絡がありました。「津波はこない、原発も今のところ異常なし」と韓国の娘から教えてもらいました。海外のほうが福島の原発の動向に関心が高いのかも知れません。家の中は、あちこち見回りましたが、異常はないようでしたので、安心して再び寝ました。朝になって、9時前にお世話になっている電気屋がきてくれ「コードがはずれているだけです」と言って数分で直してくれました。また、敷地の道祖神が倒れていましたが、二人で持ち上げようとしても歯が立ちません。
15日は朝7時から近所の9軒で集会所の掃除でしたが、皆それぞれに「怖かった!!」「10年前より大きかった」「長い時間だった」「孫を起こして外に連れ出そうとしたけれど、ぐっすり寝ていて起きないので、上におおいかぶさった」など地震の話に花が咲きました。敷地に地割れがあった、瓦が落ちた家もありました。
テレビのニュースによると、学校が休校になっている、新幹線が止まっている、道路が土砂崩れで通行ができない、スーパーやコンビニも店が開けられないなどと報道されています。また夜中でもコンビニや、ガソリンスタンドに行列ができたことがFBでわかりました。FBでも、安否情報を知らせあうことができ、浜の方たちの安否を確認できました。
そんな中で、こんなニュースにはっとさせられました。「福島県で1人暮らしをしている60代の女性は東日本大震災以降、車に防寒用品などを積み、いつでも避難できるように準備していた。女性は「(東日本大震災)当時は初めての地震に焦って周囲の人を守ることもできず高台に逃げた。今回は周囲の人と共に高台に避難した」と話したという。10年前に津波で兄を失ったという別の住民は、1階が浸水した場合に備えて数日間分の食料を常に2階に用意していた。10年前に子どもと両親を亡くしたという男性も、今回は一番に家族の安否を確認して一緒に避難したというのです。」
東日本大震災から10年たち、少し気が緩んでいました。「ガソリンは満タン」「水や食べ物の備蓄」など、災害多き国に住む備えをいつもしなければと心に命じました。
境野 米子(さかいの こめこ) 先生
生活評論家・薬剤師1948年 群馬県前橋市に生まれる。
千葉大学 薬学部卒。
著書は最新では「無塩の養生食」創森社(2020年) 他多数