安斎育郎先生の「放射線防護学コラム」vol3
安斎 育郞
経歴
東京生まれ。 東京大学工学部原子力工学科卒業。 同大学大学院工学系研究科原子力工学専門課程博士課程修了工学博士。「放射線管理におけるPersonnel Monitoringに伴う不確定さの確率論的評価に関する研究」。立命館大学経済学部教授。「核実験停止を求める国際科学者フォーラム」に招待される。京都しり造形芸術大学非常勤講師として平和学を担当。
現在
立命館大学定年退任、名誉教授。
「福島プロジェクト」の姿勢と実践
先日、金閣寺・銀閣寺住職で、臨済宗相国寺派の管長である有馬頼底さんと対談する機会がありました。相国寺境内の承天閣美術館で有馬和尚と対面した私は、いきなり放射線測定器を持ち出し、部屋の放射線レベルを測定してみせました。自然放射線のレベルは毎時0.05 ~ 0.07 マイクロシーベルト程度で、京都の標準的なレベルでした。私は、「2011 年5 月に福島市渡利のある保育園を訪れた時の園庭のレベルは、この約100 倍のレベルでした」と説明しました。この保育園に最初に行ったのは原発事故のほぼ2 ヶ月後の2011 年5 月8 日のことで、その時の園庭の放射線レベルは毎時6 ~ 7 マイクロシーベルトありました。私はその時、半径1m、2m、3mと、園庭の表層土をわずか3 ㎝ほど剥ぎ取る実験をして見せましたが、放射線のレベルはみるみる下がり、保育園関係者の除染の有効性に対する認識を新たにすることができました。園庭の放射線レベルはその後の除染と時間経過による放射能の減衰のために60 分の1 ぐらいに減り、2019 年9 月26 日の「福島プロジェクト」第63 回調査で訪れたときには、せいぜい毎時0.10 マイクロシーベルト程度に下がっていました。
「福島プロジェクト」の姿勢
事故後しばらくは一匹狼で福島を訪れていましたが、やがて2013 年5 月に「同志」を見つけて「福島プロジェクト」を結成し、ほぼ毎月の福島調査を行うようになりました。その回数は10月で65 回に達します。
「福島プロジェクト」は、「放射線は被曝しないに越したことはない」という立場を基本に、「放射線から身を守る4つの方法(①除染、②遮蔽、③距離確保、④被曝時間短縮)」を実践的に応用し、被災者の被曝をできるだけ少なくすることを目指しています。
低レベル放射線の影響については、科学者の間にもいろいろな主張があります。「少しでもあびるとがんによる死亡のリスクが高まる」という主張から、「少し浴びた方が体にいい」という「放射線ホルミシス」という主張まで、さまざまです。また、年間の被曝限度についても1ミリシーベルトとか5ミリシーベルトとか20ミリシーベルトとかいろいろな主張がありますし、『美味しんぼ』で有名になった「鼻血は原発事故のせいか?」という問題でも議論百出でした。
「福島プロジェクト」はそのような論争には深入りしません。火事を目の前にして「消火に必要な水量は何リットルか?」とか、「バケツで水をかけるのがいいか、霧状に噴霧するのがいいか?」とか、「原因は寝タバコは漏電かローソクの火か」とかいった論議に深入りして消火活動を手控えるのではなく、火事場の状況に応じて実行可能な消火活動を遅滞なく進めることが大切だと感じています。放射線の影響についての論争に関しては、それぞれの問題についての専門家が「政治的・金権的などのいかなる科学外的な圧力や介入も受けずに、根拠のない予断や思い込みに陥ることなく、フェアな論議を深めることが何よりも大切だ」と考えています。
当面、私たちは、被災地の放射線環境を科学的に見立て、「事態を侮らず、過度に恐れず、理性的に向き合う」よう心がけながら、放射線被曝をできるだけ少なくするために「実行可能な方法」を旺盛に試みたいと思っています。放射線環境の見立てに当たっては、できるだけ被災者とともに現場に身を置き、被災者が不安に思っていることによく耳を傾け、情報や気持ちを共有しながら納得のいく対応策を模索していきたいと願っています。それが被災者を励まし、被災者を支援することになれば、それに勝る喜びはありません。調査を希望する読者は遠慮なく連絡してください。
安斎先生:jsanzai@yahoo.co.jp
「福島プロジェクト」の実践
「福島プロジェクト」はこれまで、福島市・伊達市・二本松市・須賀川市・本宮市・郡山市・いわき市・南相馬市・相馬市・浪江町・大野町・双葉町・楢葉町・富岡町・川俣町・飯舘村・三春町などで調査を行いましたが、調査先もさまざまで、個人の住宅、保育園・幼稚園、小学校、寺院、町域全体の汚染実態、農家や酪農家など多岐に及びます。条件の異なるさまざまな場所を測定する中で、放射能汚染の実態には共通の特徴があることも分かってきました。
汚染が溜まっている場所は、大体次の5つです。
(1)水が流れ下る傾斜地の下の裸地、砂地、草地、窪地
(2)屋根、雨樋、雨だれが落ちた庭先
(3)もじゃもじゃ、けばけば、ざらざら、でこぼこの場所
(4)側溝(とくに水の流れの悪い側溝の底)にたまりやすい
(5() とくにスギなど針葉樹の)林の地表面
以下順番に説明しましょう。
(1)水が流れ下る傾斜地の下の裸地、砂地、草地、窪地
雨水に含まれて運ばれてきた放射能は、「水は低きに流れる」と同じで、低い方へ低い方へと流れながら、草地や裸地や窪地にたまりました。今でも、傾斜地の下側の草むらや窪地や苔むした土地や舗装されていない土地などには「ホット・スポット」(放射能のたまり場)が見つかります。
(2)屋根、雨樋、雨だれが落ちた庭先
雨樋の末端が排水溝まで届かずに垂れ流し状態になっていたところでは、例外なくその周辺が強く汚染されました。また、雨だれが軒先から落ちた庭先には、事故直後の雨に含まれた放射能が溜まっているケースが多いです。もちろん、除染していない屋根には放射能がこびりついており、家の中で放射線レベルを測って、天井に近いほど放射線が高いのは屋根の汚染が原因です。
(3)もじゃもじゃ、けばけば、ざらざら、でこぼこの場所
表面がザラザラの場所は、放射性物質が表面の小さな穴などに入り込んでいるので、除染してもなかなか落ちません。表面が「ザラザラの舗装路」と「つるつるの舗装路」とを測定してみると、決まって「ザラザラの舗装路」の上が放射線レベルが高い傾向が見られます。
また、水はけを良くするために「透水性舗装」が施されている場合には、放射能は表面よりも下の層に入り込んでおり、表面を除染しただけでは汚染は落ちません。
(4)側溝(とくに水の流れの悪い側溝の底)にたまりやすい
水が滞留しがちな側溝では、汚染雨水が流れ込んで水分だけ蒸発したために、側溝の底に強い放射能汚染が残っていることがあります。水の流れのいい側溝では放射能も流れ去っているので、このような傾向はみられません。とくに、蓋のない側溝のまわりは、放射線のレベルが高いことが少なくありません。
(5)(とくにスギなど針葉樹の)林の地表面
山や木々も汚染されました。今でも、山林や防風林には汚染が残っていることが多いです。事故のとき木についていた枝葉はやがて地面に落ち、放射能を伴ったまま腐葉土化して山地の汚染として定着します。とくにスギの葉のようなケバケバした針葉樹の葉は強い汚染の原因です。福島は山がちな地域ですが、山には重機も入れないので、除染は極めて困難です。現在の汚染の主流であるセシウム137の放射能が10分の1に減るにはちょうど100年ぐらいかかります。