安斎育郎先生の「放射線防護学コラム」vol.2
安斎 育郞
経歴
東京生まれ。 東京大学工学部原子力工学科卒業。 同大学大学院工学系研究科原子力工学専門課程博士課程修了工学博士。「放射線管理におけるPersonnel Monitoringに伴う不確定さの確率論的評価に関する研究」。立命館大学経済学部教授。「核実験停止を求める国際科学者フォーラム」に招待される。京都しり造形芸術大学非常勤講師として平和学を担当。
現在
立命館大学定年退任、名誉教授。
― 秋が来ました ―
みなさん、こんにちは。暑い夏でしたが、秋が来ました。
でも、「秋」という字はちょっと不思議です。左半分は下の①のように「実って垂れ下がる稲穂」のイメージですが、どうして右半分に「火」があるのでしょうか?
大昔、「あき」を表す字は②のように「禾」に「龜」(亀)+「灬」から成る複雑な文字だったようで、この場合の「亀」の字は「カメ」ではなく、収穫期の田んぼに繁殖する「イナゴ」のような虫の形から来ています。「灬」はポッポポッポと燃える火の形ですから、この字は全体として、収穫期の秋に田畑に繁殖する虫を焼くことに由来するようです。「秋」の字は「虫」を意味する「龜」を取り去って簡略化した文字です。大相撲の最終日は「千秋楽」と呼ばれますが、歌舞伎では同じ発音で「千穐楽」と書きますね。「穐」の字は「龜」を取らずに「火」を取ったのですね。これでは簡略化にはなっていませんが、面白い。
知ることは大切だし、面白い
このシリーズは、「放射線」や「放射能」についての知識を改めて整理しながら、福島原発事故によってもたらされた現状への理解を深めようというシリーズです。秋の字の由来もそうですが、いろいろと知ることは面白いものです。楽しく学んでいきましょう。
私はあいかわらず「福島プロジェクト」の活動に取り組み、福島の農家や保育園や故郷への帰還希望者の求めに応じて毎月の福島通いを続けています。
2019年7月の調査で62回目を迎え、9月には63回目の調査に出向きます。
射線の被曝は大丈夫ですか?」と心配してくれます。これでもいっぱしの放射線防護学の専門家ですから、心配ご無用です。62回分の被曝線量を全部足してもせいぜい400~500マイクロシーベルト位で、普通の日本人が1年間に浴びる自然放射線(約2,200マイクロシーベルト)の4~5分の1程度です。単位のことはだんだん説明しますが、放射線被曝の単位「シーベルト(Sv)」は、スェーデンの放射線防護学の研究者ロルフ・マキシミリアン・シーベルトの名前に由来します。別に「アンザイ」でもいいのですが、やっぱり歴史上大いに活躍したシーベルト先生に敬意を表して名前を借りています。私は職業柄、街中で「シートベルト着用」という標識を見ると、どうしても「シーベルト」に見えてしまいます。一種の職業病です。
ところで、一度に1シーベルトの放射線を浴びると吐き気がしたり毛が抜けたりという「急性放射線障害」の症状が出ますし、一度に全身に10シーベルト程も浴びると2~3週間のうちに放射線障害で死亡する危険があります。
でも、私たちがこのシリーズで使う単位は「マイクロシーベルト」で、1マイクロシーベルトは1シーベルトの100万分の1です。だから、マイクロシーベルトで表される程度の放射線被曝なら、放射線障害について深刻な心配をするようなことは何もありませんが、私にはちょっと残念な経験があります。
実は、数年前、大腸内にポリープが見つかって内視鏡手術で切除したのですが、そのとき腸壁にちっちゃい穴(ピンホール)が開き、腸内細菌が腹腔内にもれて嘔吐や腹痛の症状が出ました。3日程入院して点滴治療を続けましたが、「明日は福島の調査に行きたいので退院させてほしい」と申し出たら、「腹部CTスキャンをやって異常がなければ退院してOK」と言われました。CTスキャンというのは“コンピュータ断層撮影(Computed Tomography)” の略称ですが、エックス線を当てて体の断面を切るように撮影する特殊な放射線診断技術で、その時の腹部CTスキャンで私が浴びた被曝線量は100,000マイクロシーベルト程度でした。福島通いで浴びた合計線量の200倍位だったのですね。
「日本人は医療上の放射線被曝に甘い」と言われますが、医療上の被曝は世界一多い国です。私たちが自然界から受ける被曝線量は、外部被曝(体の外から浴びる放射線)と内部被曝(食物などに含まれる自然放射性物質によって体の中から浴びる放射線)を合わせて年間2,200マイクロシーベルト位ですが、医療上の被曝は平均して年間3,900マイクロシーベルト位と推定されています。むやみに医療放射線検査を多用することは、あまり好ましいことではありません。
被曝は少ないに越したことはない
放射線というのは空気中を飛んでる粒子(つぶつぶ)のことで、つぶつぶの種類に応じてエックス線、ガンマ線、ベータ線、アルファ線、中性子線などの種類があります。
エックス線やガンマ線は「光子(フォトン)」と呼ばれる粒子が飛んでるもので、光や電波と同じ仲間です。福島原発事故で問題になっているセシウム137という放射性物質は、このガンマ線を出します。ガンマ線は空気中を何十メートル、何百メートルと飛んでいきます。
ベータ線というのは「電子」が飛んでるもので、放射性物質から放出される電子の場合は「ベータ線」、人工的に電子を放出させた場合には「電子線」と区別していますが、性質は同じです。セシウム137はベータ線も出しますが、東電の汚染水処理で最後まで残るトリチウム(別名:水素3)もベータ線を出します。ただし、トリチウムのベータ線は細胞2~3個分の距離しか飛べません。ベータ線はあまり長距離を飛べず、数枚の紙でかなり防げます。 アルファ線は「アルファ粒子」という特別の粒が飛んでるもので、細胞1~2個分の距離しか飛べません。原発の燃料になるウランやプルトニウムからはアルファ線が放出されますが、紙1枚で防ぐことができます。厄介なのはそれらの物質が体内に入ってきた場合で、細胞1~2個分の短距離の間に自分のエネルギーを使い切って周囲の細胞を破壊するので、重戦車のような存在です。
中性子線はその名の通り「中性子」という粒子が飛んでるもので、1999年9月30日、茨木県東海村のJCOという核燃料加工会社で中性子線を大量に被曝する事故が起こり、2人の作業員が死亡する痛ましい事故が起こりました。 放射線はどれも通り道の細胞を傷つけるので、被曝しないに越したことはありません。私が主宰する「福島プロジェクト」の基本的な考え方は、「放射線は被曝しないに越したことはない」という考え方を基礎にしています。
>>> 次回に続きます