安斎育郎先生の「放射線防護学コラム」 vol8
安斎 育郞
経歴
東京生まれ。 東京大学工学部原子力工学科卒業。 同大学大学院工学系研究科原子力工学専門課程博士課程修了工学博士。「放射線管理におけるPersonnel Monitoringに伴う不確定さの確率論的評価に関する研究」。立命館大学経済学部教授。「核実験停止を求める国際科学者フォーラム」に招待される。京都しり造形芸術大学非常勤講師として平和学を担当。
現在
立命館大学定年退任、名誉教授。
新型コロナ・ウィルス感染はパンデミックになりました
下の表は2020年3月23日現在、コロナ・ウィルス感染者数が1000人を超えている国々の感染者数と死亡者数の一覧です。数字は時々刻々変わりますが、世界の趨勢を理解することは出来るでしょう。
国名 | 感染者数 | 死亡者数 |
中国 | 81,093 | 3,270 |
イタリア | 63,927 | 6,067 |
アメリカ | 41,511 | 499 |
スペイン | 33,089 | 2,189 |
ドイツ | 23,129 | 93 |
イラン | 23,049 | 1,812 |
フランス | 19,856 | 860 |
韓国 | 8,897 | 104 |
スイス | 6,652 | 80 |
イギリス | 5,683 | 281 |
オランダ | 4,204 | 179 |
ベルギー | 3,401 | 75 |
オーストリア | 3,244 | 16 |
ノルウェー | 2,132 | 7 |
スウェーデン | 1,906 | 21 |
ポルトガル | 1,600 | 14 |
デンマーク | 1,512 | 13 |
カナダ | 1,430 | 9 |
マレーシア | 1,306 | 10 |
ブラジル | 1,209 | 18 |
オーストラリア | 1,098 | 7 |
日本 | 1,089 | 41 |
チェコ | 1,047 | 0 |
この時点での世界の感染者総数は361,510人、死亡者総数は16,146人で、これまでに起こった感染症SARS(感染者総数:8,096人、死亡者総数:774人)やMERS(感染者総数:2,394人、死亡者総数:856人)に比べると、その猛威ぶりが分かります。
基本は放射能災害の場合と同じく、「事態を侮らず、過度に恐れず、理性的に向き合う」ということですが、私の感じでは日本の場合、爆発的感染が今のところ起こっていないこともあって、市民も為政者も「事態を侮っている」傾向が強いように感じます。東京などの大都会では、感染ルート不明の症例も少なくないので、すでに日常生活圏の中にコロナ・ウィルスが蔓延している可能性があり、いつ「感染大爆発」(オーバーシュート)が起こってもおかしくないという専門家会議の警告を重く受け止めましょう。
私のような80歳になる高齢者は、感染すると高率で重症化して死に至る恐れもあるので、コロナ・ウィルスに感染しないように、専門家会議が警告している「感染クラスターが発生し易い3条件」(①換気の悪い密閉空間、②人が密集している場所、③近距離での会話や発声が行われる場所、の3条件が同時に重なる場所)を気にして生きようと思いますが、どうか若い人々もさらに緊張感をもって行動してほしいと願わずにはいられません。生きたいように生きられない鬱屈感、職業生活や日常生活上の不便、経済的な損失など、我慢を強いられる局面ですが、イタリアやスペインのように医療崩壊を起こさないように。
前号で「コロナ・ウィルスの方が、①人の体内で増殖する、②手軽に分析できない、③短期間で死に至るリスクがある」という点で、放射能よりも厄介な面があることを説明しました。
しかし、放射能の方が厄介なこともあります。
それは、ウィルス騒動は1~2年で鎮静化する可能性がありますが、被曝の原因物質であるセシウム137の放射能は、「10分の1に減るのに100年かかる」という厄介さです。
福島で生活していて浴びる放射線の量は、除染や放射能の時間的減衰のために顕著に減ってきました。現在、福島の人々が市民生活を通じて他の地域の人々に比べて際立って高い放射線被曝を受けているという事実は全くありません。私たちが自然界から受ける放射線の量は地域によってかなり違い、例えば1時間当たりの自然被曝線量は、東京では0.03~0.08マイクロシーベルト、京都では0.05~0.11マイクロシーベルト、山口では0.08~0.12マイクロシーベルトという具合にかなり異なります。福島の日常生活圏での1時間当たりの放射線被曝は、総じて0.04~0.13マイクロシーベルト程度で、市民が日常的に極端に高い放射線にさらされているなどという事実はありませんが、2011年の福島第一原発事故で放出された放射性物質が原因で、いまだに場所によっては毎時0.35~0.45マイクロシーベルトといった相対的に高い放射線レベルの所もありますので、放射線環境をきちんと見立て、被曝を減らす努力を継続することが大切です。私たち「福島プロジェクト・チーム」は、要請があれば無償で現地にうかがって環境放射線の測定を行い、どのようにすれば被曝を抑えることが出来るかについて現実的な方法を提案するボランティア活動を続けています。2020年3月の福島調査が70回目に当ります。
新型コロナ・ウィルスは分からないことだらけで、死者の数も日に日に増加しています。ウィルスも放射線も「目に見えない」厄介者ですが、放射線の方は発見されてすでに125年、いろいろな犠牲の上に多くのことが分かってきましたし、測定技術も格段に進歩してきました。この科学と技術の力を基礎に、「事態を侮らず、過度に恐れず、理性的に向き合う」姿勢を実践的に貫くことによって、私たちは、新型コロナ・ウィルスのような「得体のしれない厄介者」としてではなく、「素性の分かった厄介者」として放射線をコントロールすることが出来るでしょう。
先日、アメリカのラジオ局から電話インタビューがありましたが、私たちの福島での活動について話す中で、インタビュアーから「ご自分の被曝については心配ないのですか?」という質問がありました。70回の調査を通じて私が浴びた放射線量はせいぜい0.5ミリシーベルト程度で、日本人が1年間に自然界から受ける平均的な被曝線量(2.1ミリシーベルト)の4分の1程です。(途中、大腸のCTスキャンで15ミリシーベルトぐらい浴びたことがありました)。
海外の人から見ると「福島=放射能汚染」という既成観念がいまだに強く残っているようですが、「福島プロジェクト」としては実態を正しく伝え、被曝防護の実践的方法を積極的に発信し、185万県民の未来づくりをサポートし続けたいと思います。